「それじゃあ、メガネでも作ってみるか。」と高柳師匠。
「メガネ? そ〜んな、いくら手打ちモノでも、
鉄で作った重そうな眼鏡なんて、誰もありがたがらんでしょう。」
「アホ。博多鋏の模様がないやつを“メガネ”って言うったい。
なんでか知らんけど、昔からそう呼ばれよった。
たぶん開いた姿がメガネに似とるけん、
親しみを込めて、そんな愛称で呼びよったちゃないかなあ」
「へ〜。……じゃあ、設計図はどれになるんですか?」
「博多鋏のやつと一緒やね」
えっ、ということは。ほぼ博多鋏ってことじゃないですか!
キターーーーー、師匠、ついに本格的伝授の第一歩目ってことですね。
わかりました! 博多鋏の火は僕にまかせていてください。
と、今回もポジティブシンキングな僕は気分よく、作業を始める。
さて、まずは地切り、鋼の鍛接、までが終わったものが下の写真のもの。

もう地切りは楽勝です……と言いたいところなのですが、
実はこれ左右それぞれ2本目で成功しておりまして、
地鉄を1本づつ無駄にしております(涙)。
だいたい厚さ5mm、幅15mmほどの地鉄の棒があるのですが、
これを2寸ほどの長さを使い、足の部分を細く引き伸ばす。
穂は1寸5分ほどを使い、そこに鋼を鍛接し、
その後、刃の形を、槌のみで形成する。
鍛造の最終段階では、穂と足の間、アゴとアイの部分に段がついており、
あと、シノギも薄っすら斜めに入っております。
当然、ここから削って研いでいくわけですから、
ここまでの形の中に、完成するものが入ってないといけません。
ちょっと穂が薄かったりすると、
これからどんなに頑張っても厚くなることは決してないわけですから、
ここでの判断は最後まで響いてくることになります。
といったところが難しくて、
ついつい穂の部分やアゴの部分を打ちすぎたりしてしまって、
地鉄を2倍分、無駄にしてしまいました……師匠、ゴメンナサイ。
なにかの本で読んだけど、鍛冶職人は1000万円分くらいの鉄を無駄にして、
ようやく一人前になれるって書いてあったなあ……。
しかし、僕かあ、師匠に月謝のようなもんを一切払っておりません。
そりゃあもう師匠にとっては迷惑な存在ですよ。
でも、習い事にしたくないんで、僕かあ月謝を払いません。
ものにならんと思ったら、どうぞ、おん出してください。
と、言ってはいませんが(笑)、そんな気持ちでいるんです。
高柳師匠には、現在、弟子といわれる人が存在しません。
高柳師匠に限らず、鍛冶屋の世界は今、
後継者がほとんど存在しない状況です。
その大きな理由のひとつは、
弟子を1人、喰っていかせるほどの仕事がないんです。
だから、僕かあ、食っていくための仕事は別に持ちながら、
この技術を伝承していきたいと思っている訳です。
この方法でしかこの時代、鍛冶屋の仕事は引き継げないでしょう。
このままでは確実に鍛冶屋はなくなってしまいますよ。
そんな僕の気持ちを知ってか、知らずか
今のところ、師匠はおん出す様子もなく、教えてくれています。
まだまだ、師匠も僕も、お互いを探り合っている状態ですが、
皆さん、どうか僕らを温かく見守っていてください。
さて、次回は荒研ぎ、そして焼入れです。
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スウェーデン製ということで、ビビットな色使いが印象的。

しかし、考えてみれば、箸は箸で、

彼の作品で最も有名なのは、

その機能的(持ちやすく、飲みやすい)で美しいフォルムは

で、なぜにクジラかと申しますと、そのフォルムがクジラなのだ。
しかしこれ、ナイフとしての切れ味はなかなかもので、
なんでも「子供に鉛筆を削らせたいので、先の尖ってないナイフを作ってほしい」
ちなみに我が娘に使わせてみたところ、なかなか上手に使いよる。
確かに自分も子供だった頃、初めて「肥後の守」を手にしたときの