市内を走る主要な幹線道路がいくつも交わる六本松。この街の発展の一翼を長年に渡り担ってきた九州大学六本松キャンパスの移転に伴って、大きな変化が訪れようとしている。だが、幹線道路から少し足を踏み入れると、昭和の雰囲気が漂っているような家屋や長屋が路地を挟んで建ち並ぶ。また、いぶし銀のように渋くて小さな飲食店が、あちらこちらで営業しているため、呑んべえにはたまらない場所でもある。

博多祇園山笠のクライマックス・追い山のゴール“廻り止め”がある須崎町を含む博多部では、古門戸町、対馬小路、綱場町、呉服町など往時を偲ばせる町名が現在も使われている。この近郊には昔から続く問屋なども多く、築年数の想像がつかないビルも数多く残っているため、昭和通りを隔てた博多リバレインとは対照的に、時が静かにゆっくりと流れているようだ。

“よかトピア”こと「アジア太平洋博覧会」がこの地で行われたのは、もう21年前のこと。当時高校1年生だった僕は、足を運ぶ度にいろいろな物事に感動させられた。その後に福岡ソフトリサーチパークをはじめとする建築群が誕生した時も、幼い頃に思い描いた近未来都市のようだと興奮したものだ。整然としており無機質な印象が強い街にあって、方々の隙間から力強く顔を出す雑草の生命力が輝いて見えた。

この4月、「聞平堂」が慣れ親しんだ薬院2丁目を離れて、渡辺通2丁目へ移転した。まだまだ慣れていないこのエリアには、福岡県南部の大牟田まで続く西鉄の薬院駅があり、九州を代表する会社の本社や有名企業のビルが建つオフィス街である。そんななかで、時代から取り残されたかのような酒場長屋「三角市場」が灯す明かりは、風情があって実にいいもんだ。

西鉄福岡(天神)駅から10分ほどで到着する雑餉隈(ざっしょのくま)駅。この駅界隈は、我らがソフトバンクホークスのオーナー・孫正義さんが、日本で事業をスタートした場所でもあるそうだ。駅から出るとすぐ、多彩な果物や野菜を豪快に広げた商店などが続き、やがて、銀天町商店街のアーケードがその姿を現す。昭和の名残を随所にとどめるこの街は、いつ訪れてもワクワクさせてくれる。

新幹線や電車で帰ってくる時、マンションの間を抜け、都市高速の下をくぐって博多駅のホームに滑り込んでゆく景色を眺めていると、ほっと安堵する自分がいる。この博多駅は1日の乗降客数が九州で1番多く、2011年3月に迫った九州新幹線全線開業と新博多駅ビル開業に向けて進化している最中だ。博多駅の周辺にはオフィスビルが林立しているが、少し足をのばすと由緒ある寺が建ち並ぶエリアでもある。

天神のすぐ南に位置する今泉。天神にこれだけ接近しているにも関わらず、喧噪とはほど遠いため住居も多く生活感のある街だ。もちろん、カフェをはじめ人気の飲食店が点在しており、こだわりのショップや美容室も集まっているため、お洒落な街という側面も持つ。そういえば、しこたま飲み過ぎて終電を逃し、今泉公園のベンチで何度か朝を迎えたのは、もう十数年も昔のことだ。

仕事には至らなかったが、下見のため久々に西新を散策。西区の隅っこで生まれ育った僕にとって、小中学生時代は肩に力を入れて訪れるほどの大都会だった。今でも暮らしてみたい街として、必ず5本指に入っている好きな街でもある。商店街のリヤカー、規模はすっかり小さくなったが両脇に商店が建ち並ぶ通りは有名で、飲食店の密度も高い。看板や店舗の色遣いにオレンジやイエローなど原色が多く、街全体がにぎやかな雰囲気だ。

2009/08/31

大名一丁目

天神西通りに面しており、華やかなショップや美容室が集積する大名は、九州きってのお洒落エリア。週末ともなれば、ファッショナブルな若人が九州中からやって来て賑わいをみせる。

でも、ここ最近は空き地やコインパークが目につくようになったし、僕にとっては大名での取材も減ってきた。ちょっぴり元気を失いつつあるこの街だが、路地の先やビルの中の個性輝く魅力的な店は健在。これからの成長を楽しみながら見届けたい。

毎年7月に入ると、福岡の街には博多部を中心に粋な法被姿の男性達が登場する。博多っ子をのぼせ上がらせる祭り“博多祇園山笠”の季節だ。その山笠の奉納先が博多の総鎮守・櫛田神社で、上川端町にある。明治通りを挟んだ下川端町も含めたこの界隈には、博多でもっとも歴史のある商店街・博多川端商店街や、スタイリッシュな博多リバレインが共存しており、古さと新しさのハーモニーが刺激的。
さて、7月15日に山笠が博多の町を駆け抜けたから、福岡も本格的な夏の幕開けだ。

kawabata3_s.jpg