第1回
スーパーブランドシティ−が華々しく開業した年、イルムスベーカリーもひっそりと誕生しました。スーパーブランドシティー4Fインテリアショップイルムスのお店の奥にベーカリーカフェがありました。そこで作ったパンとロイヤルコペンハーゲンの紅茶が味わえるすてきな空間。北欧の家具やキッテンウエアに囲まれて過ごす快適な時間。そのイルムスカフェの中にありました。イルムスベーカリー3年間の成長の軌跡は、私自身のそれとも重ねられる貴重な時間の宝物です。
出社1日目は、パリ水族館の飼育係になることを夢見ていた大学時代、パンを食べることが好きで1日1回はパンを食べないと落ち着きませんでした。そして就職の時、小さい頃から食べて育った大手のパンメーカーの商品開発の仕事を選びました。そう選んだ理由は簡単。パンを食べるのが好きなことと、商品開発という仕事の響きに憧れて。5年間勤めたその会社で、商品開発の仕事も好きだったけど、私にとって重要だったことは、余暇でした。スキーに、ダイビングに、スポーツクラブ通い、そのことにエネルギーを費やしました。新商品の企画をし、自分でパンを作り、試作を重ねて、商品開発の会議にその商品をかけ、その会議の意向を踏まえて新商品を完成させ、実際に作っている工場にその新商品の作り方を教える。それが、開発の仕事でした。
パン作りの基礎は、もちろんその会社で学びました。品質管理や原価管理、企画など様々なことを学ぶことができました。しかし、パン作りの面から言うと、何のクリームをサンドするか、どんなメロンパンを作るか、どんな成型にするかなど小手先の開発が多かったのです。バゲットや食パンなどのパンは、開発の必要はなく、もっと深い所のパン作りを学びたいと思ってはいました。しかし、商品開発の仕事はやりがいもあり、おもしろかったので別に転職しようとは思っていませんでした。そんな時、私の主人が転職を考えていて、自宅に就職情報誌がありました。それをちょっとのぞいた時に、スーパーブランドシティーの開業に先立って、ロイヤルコペンハーゲングループの募集の大々的なページが目に入りました。ロイヤルコペンハーゲン・ジョージゼンセン・イルムスの3店のオープニングスタッフの募集でした。そのページの隅に、イルムスカフェのベーカー募集の字が小さく1行だけ書いてありました。ふと受けてみようと思いました。受けてみて良さそうだったら行ってみようそんな軽い気持ちでした。1次面接を受けたとき、5人もの面接官が座っていました。
今思い浮かべると錚々たるメンバーでした。ロイヤルコペンハーゲングループの社長・ロイヤルスカンジナビアモダ−ン(イルムスの経営会社)の社長・イルムスの店長・ロイヤルコペンハーゲンの人事部長・そして、フランスシーバースの小柴アドバイザー。小柴アドバイザーとの出会いによって私の人生は変ったと言って過言ではありません。小柴アドバイザーとの出会いがなければ、今の私は存在しないし、トレボンのパンは生まれてなかったと言えます。ロイヤルコペンハーゲンの陶磁器で有名なこの会社は、新たにカフェ・ベーカリー経営をするにあたり、フランスのブーランジュリー(パン屋さん)と技術提携しました。その提携先が、シーバースフランスという会社で、パリでも有名なギャラリーラファイエットやフォション、マリアージュフレール、数々の高級レストランやホテルへバゲットをはじめとするパンを卸しています。
その面接の時、小柴アドバイザーから数々の質問がありましたが、その中で、「あなたは結婚してるけど、1ヶ月くらい海外出張があるんだけど大丈夫?」と言われました。即私は、「大丈夫です!」と答えていました。パリ。今までの私にとってその響きは、とても縁遠いものでした。海外旅行なんて全く興味なく、新婚旅行でさえ、北海道にしようとしたくらいだったからです。(しかし、国内の方が高くて、カナダにスキーに行きましたが・・・)
それから、2時面接を通過し、ヘッドベーカーとして採用ということになりました。
しかし、私はヘッドが嫌でした。だから、セカンドベーカーがいいと会社にお願いしました。
それほどのパン作りの技術もなく、余暇が一番大切な私にとって、ヘッドとして仕事をするのは、大変そうで、ある程度の仕事でいいだろうセカンドが良かったのです。仕事の技術的にも、人格的にも未熟な私だったのです。きっと、今のパン作り一筋の私の姿からは想像もつかない人が多いと思います。
採用が決定してから、一度イルムスの店長と喫茶店で待ち合わせをし、パリ行きのチケットを受け取りました。他のイルムス立ち上げのスタッフの出社よりも一足早く、私の出社1日目はパリだったのです。初め、私の想像の中ではベーカリーのスタッフの数人が一緒にパリに行って研修を受けるのだろうと、楽しそうなパリ生活を思い浮かべていたのです。
しかし聞いてみると、パリに行くのは私1人だったのです。英語もフランス語も分からない私が1人でフランスに行く?そんな・・・・・・。どうすればいいの。行きたくない・・・。それが正直な気持ちでした。空港まで見送りに来てくれた主人と別れるとき、まるでドラマに出てくるような涙の別れをしました。初めての海外への一人旅、とても心細い旅立ちでした。
出発前イルムスの店長から、小柴アドバーザ−が空港まで迎えに来てくれてるけど、顔を忘れてたら困るので、紙に会社名と名前を書いたのを持っていって、空港で広げて待ちなさいと言われていました。私は、言われた通りに大きな白い紙に、会社名と名前を書いて掲げ、フランスのシャルルドゴール空港で小柴アドバーザーを探しました。そして、久しぶりに会うことが出来た小柴アドバイザーに何でそんなの持ってきたの?と言われた事がちょっとショックだったことを覚えています。その夜は、シーバースの社長と小柴アドバイザーと私の3人で、プラスドイタリー通り沿いにあるレストランで食事をしました。白ワインに、新鮮な魚介類の盛り合わせにライ麦パン、ガス入りのミネラルウォーターにボリュームのあるデザート、全てが初めてのパリ1日目でした。