イルムスベーカリー物語
第3回 イルムスを辞めようとした3年目のこと
私は、いつも仕事をしながら「このままではいけない、もっと技術を勉強しなくては」そういう思いに追いかけられていました。何か雑誌で業界の有名な人の経歴を見たり、知らない技術を見ると、このままここでパンを作っているだけではだめだ、時間がない.もっと技術を学ばなくては、その思いがつのりました。2年が経とうとしていたその頃、私は他のスタッフに、パン作りを教えていました。他の人に教えている場合ではない、私がもっと勉強しなくてはいけないのに・・・・いつもそう思っていました。
2年目の冬、3度目の渡仏をし、パリの有名なブーランジュリー・パティスリーとアルザスのパン屋さんで学びました。
そのパリの研修先のお店は、とても厳しい雰囲気のお店で、いつも緊張した日々を送りましたが、とても心の温かい職人さんが多く、仕事が終わって近くのお店でお酒を飲んで話をしたり、家での集まりに呼んでくれたりと最後は、ほんとうに別れるのがつらい思いをしました。そこで、そのブーランジュリーが、東京にお店を出すと言う話を聞きました。
お世話になった職人さんが、数年東京に技術を教えに行くと言うことを聞いたのです。私は、運良く東京でそのブーランジュリーをオープンさせる会社の社長さんを知っていたので、帰ってきてすぐ、その方に手紙を書きました。もし、スタッフを募集されることがあったら教えて欲しいと、是非働きたいと言うことを書きました。
その後、その方と電話やメールでやり取りをし、転職することを決めました。東京に行って、いろいろな話をし、オープンしようとする場所も見に行って、住む家まで探そうとしていました。あとは、東京へ行くことの家族の了解を得ることと、イルムスを辞めることを会社から了解を得るだけでした。私の頭の中は、新しい希望でいっぱいでした。パリで一番好きなブーランジュリーのその技術を学べること、フランス人職人の下で直に学べ、勉強中のフランス語もきっと上達するだろう事、東京のいろんなお店を食べ歩きいろんな味を知ることができるだろうこと、多くの講習会に参加しいろんな知識を得る事ができるだろうこと(東京は福岡に比べ、パンの講習会が多く開かれています)わくわくと夢見るような希望に満ちた気持ちでした。私は、結婚していましたが、主人とその両親の了解を2年という期限付きではありましたが、得ることができました。東京で勉強したいと言う私の強い思いを理解してくれ、1人で行くことを許してくれました。会社に対しては、何の負い目も感じていませんでした。ですので、私が抜けた後も、まわるように教えていきますのでということでイルムスの店長には何とか納得してもらい、しぶしぶではありましたが、店長の許可も得ました。しかし、私が辞めることを決意したその同時期に、もう一人のスタッフが辞めることを決めていたのです。しかし、私の頭の中は、東京での生活のことでいっぱいで、2人抜けてもきっと何とかまわるものだよ、くらいにしか考えてなかったと思います。でも、一つだけ気になることがありました。
フランスシーバースのアドバイザーのことでした。イルムスオープンの時にいろいろなことを教えてもらい、フランスへ行くたびにいろんな事でお世話になり、心から尊敬していた師匠でした。辞めることをなかなか言い出せなくて、はじめはフランスへメールを書きました。しかし、返事は返ってきませんでした。そして、店長に辞める事の許可を取った後、東京の会社にも行きます。と返事をした後、最後の最後になって、フランスへ電話をしました。「もっと勉強したいんです。イルムスを辞めようと思います。東京に行って、新しいお店で働くつもりです。その電話で、ものすごく怒られました。ほんと、ものすごく・・・。電話を掛ける前までは、100%辞めるつもりでしたが、電話を切った後、辞めることはできない。泣きながら、そう決めました。
その時、アドバイザーから言われた言葉の数々は、今でも決して忘れることなく、いつも心に刻んでいる大切な言葉です。この言葉から私は、多くのことを学ぶことができました。
一番大切なのは、自分のやりたいことよりも人とのつながりや周囲の人への配慮。
私の頭は、勉強したい一心でした。辞めて東京へ行き新しいお店で働くことで一杯で全く見えていませんでした。自分のやりたいことだけを優先させていいのか。
それまで、心を注いで教えてくださったアドバイザーの気持ちは?取り残され苦労するだろう他のスタッフ達のことは?イルムスベーカリーの今後は?
ほんとうにそこで、やれるだけのことを努力したのか。勉強しようと思えば、イルムスにいても、きっとやれる方法がまだあるはず。私は、アドバイザーとの出会いがあったおかげで、人生が変りました。ただの仕事としてのパン作りではなく、私の存在価値を感じさせてくれる生涯の仕事としてのパン作りの道を見つけることができました。人との出会いの素晴らしさをイルムスの3年間で何度も心から感じてさせてもらいました。決して、自分の気持ちだけで辞めなくて良かった。アドバイザーからいろいろなことを教わった恩・周囲の人との関係・自分の置かれているその場所での責任そのことを優先しました。
そのときは、2ヶ月くらい仕事をしながら、家に帰る途中の地下鉄で、ふと考え、考えると毎日涙を流して、悔しい思いを味わいました。何を目標にがんばればいいのか、分からなくなりました。手の届く所に、確かな目標と希望があったのに、それを手放さなくてはいけなかった悔しさに涙しました。それから2ヶ月くらい経ってやっと気持ちを切り替えました。
自分の今置かれたこの場所で、やれるだけの努力をしよう。こんなことで負けるもんか。前向きにがんばろう。
そう決心した3年目から売上は伸びていきました。いろいろな新商品を考え、発売するようになりました。休みを集めて、お菓子屋さんにもお菓子の勉強に行ったし、フランスへも勉強に行きました。
3年でイルムスベーカリーが閉店した時、本当にここでがんばってきてよかったと思いました。いろんなお客様から閉店を惜しむ声を頂き、こんなにも愛されていたのかと、初めて知りました。こうして、セ・トレボンという新しいお店でパンを焼くことができているのも、多くの素晴らしい方との出会いがあるのも、今でもアドバイザーとの良い関係が続いているのも、あの時イルムスを辞めずにがんばったおかげです。
あの時は、苦しくて分からなかったけれど、今、振り返ってみると、あの時あの選択をしていて良かったのだと強く思います。
一番大切なのは、人との関係。今、自分の与えられたその場所でできる精一杯のことをがんばることの大切さ。そのことを教えてもらった私の貴重な体験でした。
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