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--VOL.18-- フランス研修紀行〜その1〜 2003.7.9 |
モンマルトルの丘の近くにあるパリのはずれのポルトドゥラシャペルというメトロの駅から歩いて10分。街に根づいたすてきなパン屋さんでした。ムニエ氏はM.F.Oの章号を持ち、クープドゥモンドドララブーランジェリーでフランス代表として参加し優勝を果たしたり、ギャレットコンクールで1位を獲得するなど他にも様々なコンクールで輝かしい成績をおさめている。すごい方です。そんなすごい方なのに、私には全くそうは見えませんでした。
パリというよりも、アルザスやプロヴァンスなどの田舎のパン屋さんのおやじという感じのふんいきで、伝統を大切に思う、心の温かい、気さくな人柄の方でした。近くで仕事をさせてもらいながら、こんなすごい人と一緒に働けるなんてほんと幸せだ−この幸せをかみしめておかなくては。と思っていました。
でも、ムニエ氏はいつもTシャツと短パンにサンダル姿で、シャンソンを口ずさみながら、パンを焼いていました。知り合いが来ると、しばらく話に花が咲き、昼からワインをあけて飲んでいる。そんな田舎のパン屋さんの様な愛くるしさがありました。ムニエ氏のパン屋さんでのスタジェが終ってから、次の研修先へ通っている時も、なんだかさみしくて、わざわざメトロに乗ってここへ通い、みんなに会いに来ました。そんな意心地のいい心温まるパン屋でした。(きっと、ムニエ氏の人柄がにじみでてるんだろうなと思います)
ムニエ氏のパン屋さんで働けたこともすごく勉強になりましたが、それよりも、家に泊めて頂いて、一緒に生活し、食事をし、話をできたことが、ほんとうに貴重な体験となりました。ムニエ氏は、いろんな話をしてくれました。私がもっときちんとフランス語が理解できればいいのですが、まだまだ全々だめでいつもわかる?と聞かれ、はい少し。と答えることが多かったのです。
ムニエ氏が話してくれたことの中から、心に残った言葉を書きたいと思います。
●ある日、将来パン職人・ケーキ職人を目指す学校の生徒達がムニエ氏のパン屋さんを訪れ、仕事を見学し、ムニエ氏の話を聞き、いろんな質問をしたりしていました。今フランスでは失業者の増加から35時間法というものがあり、1週間に35時間しか働けないことになっているそうです。新聞やメディアがそれを報じるので、若い世代はそれが当たり前だと思うのだそうです。ムニエ氏のパン屋の職人さんは朝3時〜昼2・3時ぐらいまでの1日約12時間週60時間くらいを働きます。週に35時間、若い頃からそんな楽をしてはいけない。いろんなコンクールにチャレンジしたり、もっと努力すべき。一生けんめい働きなさい。その時はよくても、将来がない。将来のお金を稼ぎたいのであれば若い頃にもっと働かなくてはいけない。努力をすれば世界が広がる。
日本へ行ったり…へ行ったり…へ行ったり、多くの可能性がある。(ムニエ氏は日本にデモンストレーションのため呼ばれ去年来日されています。)
こういう風なことを若者達へ話して聞かせました。
●日本の伝統を大切にしなさい。今、フランスでもマクドナルドが増え、大手の統一化されたパンが広がっている。35時間法もあり、手間を省き、効率を求めるのであれば、統一化されたものを利用して、作っていかなくてはいけなくなる。
どんなに大変でもいい。手間がかかってもいい。自分はフランスの伝統的なパンを、伝統的な作り方で作り続ける。自分の家では、子供達にコカコーラなどは一切飲ませない。ワインと水だけ。アメリカ的な生活にそまるのではなく、フランスの伝統を大切にする。だから、かおりも日本のすばらしい伝統を大切に守りなさい。
●いつもムニエ氏は歌(シャンソン)を歌いながらパンを焼いていました。“かおりも歌え。日本の歌を歌え”と言われました。日本の歌?私は歌えなかったのです。恥ずかしいからではなく、思い出せなかった。“歌も歌えないのか。テレビや新聞がない時代みんな歌を歌って生活していたんだよ。歌を歌うことは大切だよ”
日本に住んでいながら。自分の国の幼い頃から親しんだ歌も歌えない。なんてはずかしいのだろうと思いました。(これは私が勝手に理解したムニエ氏の考えです。私のフランス語の理解はまだまだとぼしいので、まちがって解釈してしまっていたらすみません。ムニエさん…)
初日、新しい研修先に飛び込む時はいつも緊張します。知らない人ばかりの、ただでさえ忙しくパンを作っている仕事場へ入るわけです。仕事を親切に与えてくれるというわけでもなく、いつも私の手の動きを見られている視線を感じます。言葉はうまくわからないので、理解できる範囲のフランス語と、その場の仕事の流れ、相手の表情で、指示を判断しなくてはいけません。よくその読みがはずれて、違う!とおこられることも多いのです。
いつも、トレボンでは若い人に教える立場であるのですが、そういうものすべてを捨て、一から学ぶつもりで、いつも研修先に入ります。そこのやり方を学ぶ。普段わかっているつもりで忘れかけているもの、そんな何かが発見できます。
久しぶりに下働きとおこられながら、楽しんで仕事しました。
Kao!よくカマの中の焼き色を見て出せよ!
Kao!のばすのは一回だけって言っただろ!(生地を成型する時)
Kao!とじ目はいつも下にしろ!(天板に生地をおく時)
(ムニエさんのパン屋さんではKao(かお)と呼ばれていました。)
基本的なことを、けっこうおこられました。でも、一生けん命、仕事を見つけて、仕事をさせてもらって楽しくがんばりました。
最後別れる時、教えてくれたブーランジュ(パン職人)が“Kao。君はよく働いた。”と言ってくれました。その言葉がすごくうれしかったです。その言葉だけのさよなら、またねではなく、うまく言葉で表現できないし、言葉がうまくわからないからこそ、相手から伝わってくる温かい気持ちがわかりました。“また会おう!”そう言って別れました。(このブーランジュの彼は、20代前半で若いのですが、仕事もよく出来、ものすごーくかっこいいのです。)
次回は、ムニエさんの家にホームスティしたその生活や食事について、フランスのパンの事情について、サンドイッチ屋さんでのスタジェについてなどを書きます。お楽しみに!
いろんなパンを楽しんで食べてほしいので、月曜作るパンメニュー。火曜日作るパンメニュー。水曜作るパンメニュー…という様に変えようと考えてます。近日中に発表しますのでお楽しみに。
じめじめした梅雨の季節ですが、体調には気をつけて、おいしいパンを。