セ・トレボン --VOL.42--
フランス研修から戻って
2005.2.10
 ただいま!! 2週間のフランスの旅から帰って来ました。もっとはやくこの通信を書きたかったのだけど、忙しい上にひどい風邪をひくしで遅くなってしまいました。すみません。今回のメインテーマはフランスの1月のお菓子「ガレットデロア」の作り方を学ぶことでした。2004年のガレットコンクールで1位を受賞し去年食べてすごく感動した味を学びたいとパリ17区ラウルメデール氏のパン屋さんでスタージュ(研修)してきました。この様子は次回書きますね。
 そして実は今回最大のテーマとなったのが“再会”でした。いろんな人と再会を果たし感動をいっぱいもらってきました。初めてパリにパン作りを学びに行った時、私には一人の知り合いもいませんでした。それから勉強に行く毎にいろんなすばらしい人との出会いが広がって、今は再会を喜び合える多くの人ができました。ほんとうに幸せなことだと思います。パンを作る仕事をしててよかったーと心の底から思えるのはこんな時です。日本においても多くの人と出会えたけれど、習慣も価値観も違う他の国の人とも心を通わせあうことができるのです、この仕事のおかげで。しかし、反面今回の旅で言葉の壁も強く感じました。日本で少しずつフランス語を学んでいるとはいえ、なかなか上達はせず、表面上のことは少しは言えても自分の気持ちは全くといっていいほど表現できませんでした。言われていることのある程度がやっと理解できるくらい。
 パン屋に入って研修する分には、技術とある程度の語学力で何の問題もありません。しかし、深い話をするのは難しいです。MOF(フランス最高職人賞)をもつムニエ氏やドルフェール氏とも知り合いで今回久々の再会を果たしました。MOFは、最高の技術を持ち、かつそれに値する人格を持った人にしか与えられないと聞いたことがあります。そんなすばらしい人と接しいろんなことを学べるチャンスを得れているのに、もっと語学力があれば…とすごくくやしく思いました。
 2人とも私に対し、わかりやすい言葉でいろんなことを話しかけてくれ、教えてくれました。印象に残っていることの中から2つほど書こうと思います。ベーカリーワールドカップというパンの世界大会があります。(今年4月パリであります)その日本代表選手を決めるための選考会でまだ女性の職人を見たことがありません。ドルフェール氏はその選考会の審査や指導のため毎回来日されています。フランスでもパン職人の中の女性の割合はまだ少ない様ですが、他の国では女性選手が活躍している様です。“なぜ日本では女性の職人が挑戦しないのか?”と言われました。
 以前に比べると日本においても、女性のパン職人の割合は着実に増えていると思います。だから次回の日本代表選手を決めるための選考会くらいには、きっと女性の職人も勝ち残ってくると思います。私も心の中で、絶対次回は練習を積んで挑戦したいと思っています。そのことを言いたかったのだけど“なぜ?”と聞かれて、うまく答えられませんでした。
 これから日本でも、女性パン職人が活躍する時代になると思います。MOFのムニエ氏のパン屋に立ち寄るといつも家でごはん食べていけと声をかけてくれます。今回も2回も招待してくれました。ムニエさん家族と楽しい会話をしつつ、デザートまでゆっくりとした時間を過ごせました。ほんとうに気さくで心の広い方だと思います。ムニエ氏は日本に1年に1度くらいデモンストレーションを行いに来日されます。その時いつも受け入れ側の日本の会社の人が高級なお店へ夕食に連れていってくれる様です。ムニエ氏は言ってました。“自分はレストランではなくその人の家に招いてほしい。もっとその人のことが知れるし親しくなれるから”と。
 初めて日本に行った時、帰って来たら5kgも太ってたんだぞっと言っていました。“なぜ、日本人は家に人を招かないのか?”と聞かれました。フランスの人は特に田舎へ行けば行くほど、週末を友人や家族で集まって食事をしたりして過ごすことが多いです。確かに日本には、自分の家に人を招いて食事をする習慣はあまりないように思われます。でもどんな高級レストランで食事をするよりも、すてきで忘れられない夜となると思います。私の中でも、ムニエ氏とその家族はほんと特別な存在となっています。

3日間だったけどアルザスの旅

 パリ東駅から列車に乗って4時間でアルザス地方のストラスブールにつきます。今回訪れたアグノーはストラスブールから列車で30分、コルマールも30分のところにあります。けっこう遠いので直前まで行こうかどうしようかと迷っていたのですが、とても心に残ったよい旅となりました。
 1日目、アグノーへドルフェール氏に会いに行きました。彼には、確か5・6年前、日清製粉さんの100周年の記念で全国各地で講演会をドルフェール氏が行った時、初めて出会いました。というより、私は講演会を受講した人々の中の1人でした。そんな縁からはじまって、クリスマスカードを交わす様になり、日本に来日された時は、会いに行ってお話ししたりしていました。ドリフェール氏はMOFをもつすごい人で、2年ほど前ですが、テレビの「ウルルン滞在記」にも出演し、すごく感動をよんだのでパン業界では有名人です。
 ふとした瞬間に、すばらしい人との出会いのチャンスがひそんでいるんだと思います。そのちょっとしたチャンスをつかめるかどうか、私はそんな出会いと感動をいつも願っています。家に泊めてもらい、自家製のジャムやジュース、パンを味わい、ほんとに今まで飲んだことのないほどおいしいワインをいただきました(気合も混じってるからでしょうか?)。家の地下にはカーブがあって、年ごとの古いワインが数多く貯蔵されていて、ジャムもたくさん作ってありました。アルザスは果物が豊富にとれるのでジャムやジュースもすべて自家製と言っていました。朝や昼は、家でワインやコーヒーとともに、パンとチーズやジャムをシンプルに味わいましたが、夜は(高そーな)レストランで食事をしました。とてもおいしかったのだけれど、日本人の私にはとっては、ほんと食べれない量でした。ちなみにデザートとして出て来たものを書きますね。カップのプチデザート2つ、自家製キャラメル、クッキー・マカロン、オレンジコンフィ、チョコレート、そしてデザートでたのんだ、オレンジの温かいスフレ(でかい)、オレンジのジェラートとコンポート添え(別皿)、すごいでしょー。アルザスの人って体格が違います。がっしりしてます。パンやケーキはパリのものよりひとまわり大きく、ケーキなどの味も甘めに感じられます。スーパーなどの肉やハムの種類もすごいです。とても寒い地方なのでしっかり食べてエネルギーを貯わえないといけないのだと思います。
 2日目、アグノーからコルマールへ。4年前、2年続けて短期ですが、スタージュさせてもらい、家にも泊めてもらったパン屋さんがコルマールにあります。ベシュレールさんのお店です。ちょうど着いたのが昼間だったので、マダムとベシュレールさん、職人さん達と一緒に食事をしました。ごはんにゆで卵が2コ添えてあって、それにハーブ味のトマトソースとグリエールチーズをかけて食べました。デザートはでっかくてしっかり甘いナッツ入りのプラリネチョコレートケーキとコーヒーでした。久しぶりの再会を喜び、マダムは新しいお店はうまくいってる?と心配してくれていました。忘れずにいてくれたことだけでもほんとうれしかったです。私のためにスリッパまで買って待っていてくれました。夜はアルザス名物のシュークルート。デザートにケーキ2つ。ベシュールさんの息子やその友達3人も加わって夕食の食卓はとてもにぎやかでした。家族がこんなに笑い合って話題がつきない食卓は、日本はけっこう少ないんじゃないのかなぁとふと思いました。その雰囲気の中にいるだけでとても楽しかったです。帰りに駅でマダムが、今度はいつ来るのと涙目できいてくれた時、心の底からうれしく、“いつかまた来ます。”そう答えました。今回はほとんど1日しか滞在できなかったけど、今度は夏、ぶどうの樹々が美しい季節にもっとゆっくり来ようと心にち誓って別れました。
 どこへ行っても、みんな私を温かく迎えてくれました。温かな心遣いをたくさんもらいました。 みんなすごく忙しい人々なのに、私だったらきっとそこまではしてあげれないと自分の小ささをすごく感じました。
 私が日本から送ったムニエさんと一緒に写った写真入りのハガキは、工房の中の棚に貼ってありました。すごくうれしかったです。遠いどこかで少しでも私のことを考えてくれる人がいる、知っていてくれる人がいる、すごく幸せなことだと思います。パンを作る仕事って朝も早くて大変で、毎日毎日パンを焼く地味な仕事かもしれません。でも、トレボンのパンを心待ちにして下さるお客様に喜んで頂ける仕事、この仕事を通してほんと多くの人と出会えました。すばらしい仕事です。こんな体験をトレボンのスタッフにもこれから将来ぜひしてほしいと願っています。そしたらどんなに苦しい時もきっと乗り越えることができる力となると思うので。
 次回はラウルメデール氏のお店でのスタージュ(研修)の様子を中心に書きます。お楽しみに。
K.O.

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